3. 生物の系統樹から生態系の系統樹へ

メタゲノム系統樹の試み

 分子系統樹はいろいろな生物が持つ遺伝子の配列を比較し,似ているものは近縁,似ていないものは遠縁とすることで樹形図を作成する方法であり,遺伝子の視点から生物の進化を見る方法です。これに対してゲノム情報を用いて作る系統樹 (ゲノム系統樹) は,生物の遺伝情報を比較する際に,遺伝子ではなくゲノム全体 (あるいはゲノムに含まれる全て or 多数の遺伝子) を用いる点が従来の分子系統樹と異なっています。

 遺伝子の中には進化の過程で塩基配列が変化しやすいものや,*1遠縁の生物のゲノムに種を越えて移動してしまうものがあります。遺伝子の系統樹を描く場合,そのような遺伝子を選んでしまうと実際の生物の進化とはかけ離れた系統樹になってしまうため,系統樹を描く際の遺伝子の選択はとても重要です。一方,ゲノム系統樹は多くの遺伝子を用いるためにそのような問題が起こりにくく,生物(のゲノム)が持つ様々な特徴を余すところなく用いて描いた系統樹であると言えますが,遺伝子の系統樹に比べると開発の歴史が比較的浅いため,様々な方法の開発や理論的な検討が現在も続けられています。

*1. 遺伝子の水平転移や水平移動と呼ばれる現象です。

 

 

 近年,腸内細菌や土壌や水中,さらには大気中や食品といった環境中に含まれる様々な微生物の遺伝子を一つの “ゲノム” としてまとめて解析する研究が盛んに行われるようになり,それらは “メタゲノム” と呼ばれています。例えば,水田の土壌中には嫌気性の細菌が,海面付近には光合成を行う細菌や単細胞藻類が,温泉の泉源付近には高熱に耐性を持つ細菌などが分布していますが,それらを遺伝子やゲノムの視点で調べようという研究分野であり,有用な微生物や遺伝子の発見や,環境の状態のモニタリングなど,様々な応用にもつながっています。

 私たちは,これまで生物の進化を表現する方法であったゲノム系統樹を “メタゲノム情報” を用いて作ることで,微生物生態系の変遷(進化)を表現できないだろうか? と思い,メタゲノム系統樹を作成する方法 (MPASS法, Metagenomic Phylogeny by Average Sequence Similarity) を開発しました。まだ検討すべきことは多いですが,メタゲノム系統樹を見ることで,微生物群集とそれらを取り巻く環境要因の関係が少しずつ見えてくるようになりました。言い換えると,自然環境中に存在する微生物の種類や量は,温度や水分,微量元素などの量の変動にどのくらい影響されているのか? ということがわかる可能性が出てきたのです。私たちは,この方法の理論や可能性について解析・検討を進めつつ,この方法を農業圃場の土壌のモニタリングなどの応用も含めた研究を行っています。

 

 

メタゲノム系統樹に関する論文がPLOS ONE誌に掲載されました!

また、プログラム (Perlスクリプト) は,以下のリンク先からダウンロードできます。

Satoh et al.  (PLOS ONE, (2023) 18, e0281288.)    

MPASS (GitHub)