1. 遺伝子発現やエピジェネティクスの視点から植物の進化を考える

植物の進化 と 転写調節系 の獲得

 植物の進化には葉緑体の獲得,水生植物の陸上進出といった興味深いプロセスがたくさん含まれています。このような進化の過程では,ゲノム上で多数の遺伝子の獲得・消失が起こり,さらには転写調節系の獲得・変化のような遺伝子発現レベルの進化も生じます。例えば,葉緑体の起源は植物の祖先生物の細胞内に共生したシアノバクテリアですが,現在の植物の染色体には千以上のシアノバクテリア起源の遺伝子が含まれています。これらは,進化の過程で葉緑体ゲノムから核ゲノムに転移し,そこで新たに転写調節系を獲得したと考えられています。

 

 一方,真核ゲノムには転写される領域と転写されない領域がありますが,この二つを区別する根本的な仕組みには,まだ多くの謎があります。20世紀の生物学では,転写領域はプロモーター配列によって単純に決定されると考えられていましたが,21世紀の今日では,クロマチンの微細構造やDNAの化学修飾などを含む「エピジェネティックな仕組み」が,ゲノムDNAの「読み方」に大きく関わることがわかってきました。

 

 

 

遺伝子の転移によって引き起こされる転写の変動

 私たちのグループでは,葉緑体から核に転移した遺伝子の転写調節系の獲得過程に興味を持ち,その仕組みを進化の再現実験とエピジェネティクスの解析手法を用いて研究してきました。具体的には,シロイヌナズナの染色体に,葉緑体遺伝子に見立てた プロモーターのない遺伝子” を多数導入し,その発現を並列的に解析する方法を開発しました*1, *2。そして,遺伝子の発現の強さと染色体上の位置,遺伝子周辺の塩基配列,ヒストン修飾などについて詳細な解析を行いました。その結果,導入した遺伝子のうち,あるものは既存の遺伝子に融合し,別のものはそれまで機能していなかったプロモーター配列を活性化することで転写できるようになることが明らかになってきました*3。また,後者のようなプロモーターの活性化には,ヒストン修飾などのクロマチン構造の変化が関与することもわかってきました*4

*1. Satoh et al.  BioRxiv. https://doi.org/10.1101/2020.11.28.401992,   *2. Hata et al.  PLoS One. 2021; 16(6): e0252674.,   *3. Hata et al.  Mol. Biol. Evol. 2021; 38(7): 2791-803.,   *4. Kudo et al.  Plant J. 2021; 108(1): 29-39.

 現在私たちは,このような進化の過程で起こる転写変動について,ヒストンの役割やヒストンの分布を変えるメカニズムに着目した研究を行っています。また,このような研究をベースとして,ゲノム編集のような現代の育種・遺伝子操作に応用可能な技術の開発も進めています。




転写に関わるヒストンの変化は何よって引き起こされるのか?

では,プロモーターの活性化につながるヒストンの変化は,何をきっかけに生じたのでしょうか? この疑問について,私たちはDNAの修復機構に着目しました。DNAの修復に関わる因子の変異体の中には,植物の形質転換効率 (遺伝子の導入効率) に作用するものがあることが報告されています。私たちは,シロイヌナズナの細胞内でDNAの切断を誘導できる植物を作成し,DNAの修復時におけるエピジェネティックな変化を解析しました。その結果,DNAの修復に伴い,その周辺領域で変動する修飾ヒストンやヒストンバリアントがあることがわかってきました*5

*5. Kawaguchi et al.  BioRxiv. https://doi.org/10.1101/2023.03.09.531848.